高級でなくても豊かな街 オレゴン州ポートランド ③
コーヒーだけでなく、ポートランドの食やクラフトビールも少しご紹介したいと思います。
ポートランドの魅力を紹介するとき、くらしをいろどる多彩な食、ワイン、クラフトビールなどは、この地におけるアートと同様に外すことができません。
まずは、再びACE HOTELの朝食から。毎朝少しづつ内容が変わります。
とれとれの野菜サラダ(盛り付けはセルフ)を中心に、前回お話しさせていただいた通りの素晴らしいクオリティのクロワッサン、オレンジジュース、コーヒー+お姉さんのとびきりの笑顔で。
やはり自転車に乗り、川向こうにいきます。
橋の上で騎馬警官とすれ違いました。おまわりさんもニッコリ。
ダウンタウンからウィラメット川を渡りましたところ、すぐにあるマイクロブルワリーのHair of the Dog です。
Hair of the Dogと私との接点はとても古く、今から30年近く前、当時の職場近くにある居酒屋さんで知り合ったアメリカ人のビール評論家の方に教えていただきました。
実際に飲ませていただきましたのは、老舗のクラフトビール専門パブ 両国のポパイ(現在はHair of the Dogは置いてないと思いますが、他のバーレイワインはあるはずです。)
「こんなビールが世の中に存在するんだ!」と感動したのを覚えております。
Hair of the Dogの特徴は、いわゆるバーレイワインとカテゴライズされるしっかりした、多くの日本のビールのようにキンキンに冷やさずに飲むヘビーなビールを得意をしていることが特徴です。
良し悪しではなく個性の違いですが、日本のピルスナータイプのものとは、正反対ですね。
クラフトビールばやりの今でこそ、バーレイワインも日本国内でも少量流通するようになりましたが、当時はほとんどありませんでした。
そんなことがあったものですから、やっと訪れることができたという感じです。
次に最近頭角を現してきているというCommons Breweryにも行きました。
こちらはポートランドのブルワリーらしい雰囲気で、古い倉庫を改装し、醸造所兼テイスティングルームになっている構成です。
テイスティングセットはボードの13種類の中から自分で選ぶこともできますが、おまかせで選んでいただきました。
本当はパイントでしっかり飲みたいのですが、やはり旅でいくとテイスティングセットになっちゃいますね。
クラフトビールブルワリーはポートランドに他にもたくさんあります。
ダウンタウンには、Bailey’s Tap roomというテイスティングビアバーがありまして、ポートランドのクラフトビールを一気に20種類以上の中からい5種選んで(もちろん、パイントサイズでも)飲むことができます。
さて、昼食はOlympia Provisionsというお店に行ってみました。(肉好きの方なら、ウェブサイトのproductsをご覧ください。それにしても、国内で普通に流通しているものとは、色、形、姿、質感すべて異なるのはなぜなのでしょうか。)
倉庫街にある食肉加工業を専門にされている会社が営んでいるカジュアルなビストロのようなお店です。
周辺は一見しますと、こんなところにレストランがあるのかな、という雰囲気の場所でした。
こちらのお店、よかったです。
店名の下にあるFOOD, WINE & CHARCUTRIE の看板に偽りはありません。
注文したのはランチメニューのシェフのおすすめシャルキュトリー・ボードという感じなのですが、さすが食肉加工が専門とあって、処理の仕方に抜かりがなく、見た目は少し荒っぽいんですが、とてもいい舌触り。
カウンターで食べたのですが、寿司のネタケースよろしく中には多くの種類のソーセージが鎮座していました。
そして、酒飲みのことを考えて?塩気もたっぷりめで、ワインもおいしく飲めました。
シャルキュトリーでお腹いっぱいになってしまったので、他のメニューまでいきませんでしたが、こんどは夜に訪れてみたいと思いました。
帰り際にダウンタウンで早めのディナーに寄ったのが、LITTLE BIRDというビストロ。
こちらのお店はポートランドでもなかなか予約が難しいといわれているフレンチLE PIGEONの姉妹店でして、LITTLE BIRDはカジュアルなお店です。
うかがった時間は、ちょうどハッピーアワーということで、生牡蠣が半額で食べられるとのこと。
せっかくですので、4個注文してみました。日本のものと比べると少々小ぶりなのですが、味が濃くて、なかなかかおいしい。
フレッシュな樽をかけていない白の辛口グラスワインととてもよく合いました。
カキには白ワインとよくいいますが、白ワインの内容によって合わないこともよくあります。が、こちらのお店のチョイスは万全でした。
食事は、シェフのおすすめセットのようなメニューです。
さきほどのお店と同じくシャルキュトリーをメインに、フレンチっぽいものもあります。
前菜盛り合わせという感じもあるのですが、おなかいっぱいになりました。
今回はコーヒーや食について主に触れてきましたが、ポートランドにはくらしを彩るまだまだ魅力的な素材は他にもたくさんあるようです。
たとえば、ウィラメットヴァレーに多くあるワイナリー(全米でも有数のオレゴン・ピノノワールの産地として有名)、郊外にはアウトドアに適した自然が多く残っています。
ポートランド市の概要はこちらのウェブマガジンをご覧いただきますと分かりやすいと思います。
すべて日本語で、カテゴリーごとに多種多様なお店や暮らしにまつわること、キーマンに対するインタビューなどが紹介されていて、ポートランドの魅力の片鱗を知ることができると思います。
今回のポートランドの訪問目的は、カフェを見て回ることもありますが、この地に住む方のライフスタイルに触れてみたかったということがあります。
なぜ、ポートランドという町が、その暮らしぶりが人々を魅了してやまないのか。
その一つの答えは、魅力的な暮らしを演出する専門店群にあるように思います。
今回ご紹介させていただいたのは、正味たった3日間、自転車で私が回ったカフェやレストランなどほんのごく一部を切り取ったにすぎません。
他にも同じカテゴリーのお店もたくさんありますし、多種多用な他の業種の専門店もまだまだたくさんあります。
近隣のウィラメットヴァレーは、ピノノワール種というワイン作りのメッカでもありますし、その近隣ではアウトドアが盛んです。そのため、アウトドアショップメーカーも多くあります。(ナイキのグローバル本社や日本のアウトドアメーカーのsnow peakもポートランドに出店しています。)
他にも、日本の地方都市においては絶滅に近い状態の豆腐屋さんも見かけました。手作り味噌専門店もあるようです。(両方ともに、日本の方が経営者のようです。)
ポートランドの人たちは、どのように暮らしているのでしょうか。なぜ、豊かなくらしができるのでしょうか。
くらしの最も基本的な行動である買い物の仕方をみてみましょう。
通常の日本の2、30万人クラスの町には多くの場合、郊外型大型ショッピングモール、地元を含め大手資本のスーパー、そしてコンビニエンスストアでの買い物でほとんどが済んでしまう状況です。
人口ポテンシャルに比して、不釣り合いな大規模店舗の出店により、大型店にはない付加価値をつけないと個人店はやっていけないようになります。
巨大資本のビジネスに対し、比較しようもない個人店の脆弱さ。
かくして、あたらしい時代の付加価値をつけるけることができなかった個人店は衰退の一途をたどります。
多くの地方都市では、旧商店街は壊滅的であり、シャッター通りと化しているというのが定番ではないでしょうか。
そういった都市の中心街、旧市街は昔、普通にあった魚屋さんや八百屋さんでみたの風景などは、皆無になり、活気は失せ、商店街としての機能は失われ、寂れ、やがて何もなくなります。
地方都市にあって大型店舗の出現はまさに台風のようなもので、広大なエリアのユーザーを強力な吸引力で巻き込んでいきます。大型店舗ができたとしても、お客様の所在が変わるわけではないですし、購買様式の変貌は外見上わかるものではありません。しかし、その周辺部の商圏はスカスカのスポンジのようになってしまうのです。
結果として、市民の購入形態、行動様式はどうなるのか。
ほとんどの人が、同じような大型ショッピングセンターに行き、同じような服を買い、同じような食材を買う。どこの大型店に行っても、多少の価格の差やパッケージの違いはあれ、売っている商品は同じようなものです。
しかし、手を伸ばせば、そこには欲しいものがあり、だれでも手に入れることができます。
食の世界でいえば、ファミリーレストランですね。
たしかに圧倒的に便利なんです。それで、100%用は済んでしまいます。
便利なところ、敷居の低いところに手を伸ばすのは、人間の本能なのでこれを止めることはできません。
コンビニエンスストアはこういった人間の本能を精密に突いた究極のビジネスモデルといえるでしょう。
しかし、そこに多様なものを楽しむ暮らしはありません。
ポートランドにもショッピングモールやコンビニエンスストアもありますが、一方で個人経営の専門店が多く存在しています。
なぜ、ポートランドでは両立しているのでしょうか。
一つには行政によるコントロールがありそうです。
かなり大雑把な言い方をすれば、過度なパワーバランスの偏重をきたさないような仕組み作りです。
私は大型ショッピングモールやファミリーレストランのことを必ずしもネガティブにとらえているわけではありません。
実現するのは簡単ではないでしょうけれど、このバランスがとても大切であると考えています。
両方を知ることがとても大切です。
さらに、豊かなライフスタイルを実践するためのコミニュティー作りも積極的に行われているようです。
市民の方一人一人にクリエイティブで豊かなライフスタイルを好む機運、モチベーションがありませんと、ある程度以上の技量をもった専門店は出店しにくいですし、市場ポテンシャルがないところにたとえ専門店ができても継続できません。専門店同士の不毛で無益な競合が起きるだけです。
市民の機運、価値観の醸成なくして、ハードウエアだけ整えるだけではどうにもなりません。
例えば、美術館を建てたとしても、それだけで芸術的な町に変身するわけでないことは申し上げるまでもありません。
ポートランドの専門店は、資本力こそないけれど、おそらく全米でも有数のスキル、クオリティをもった珠玉のお店たちです。その中には、世界に誇れるお店もあるでしょう。
専門店の看板をあげるにふさわしい内容を有している。
そして、そういった専門店がポートランドにあることに誇りを持ち、価値があると市民一人一人が認識しています。
ある意味、最高品質、先端を目指すお店ですから、どんなお客様の嗜好に合うとは限りません。それはお店もお客様も十分承知してのことです。
そこで、お金を支払う側のお客様(市民)はとても注意深く考えるようになります。
要するに、自ら主体的に目の前の商品やサービスを吟味するというプロセスを自然と踏むようになります。
テレビや雑誌、人の噂を丸呑みにしません。
自分の目、舌など五感で確認して、それが本当に自分が望んだものなのか確かめます。
そういったことを無意識のうちに繰り返すことで、厳しい選択眼が養われます。
結果、お店の方もうかうかしていられません。目利きのお客様が増えれば、おのずとお店もレベルを上げていかざるおえません。
お客様がお店を育てるわけです。
インターネットはとても便利であたかも万能のように思われがちですが、ときに何十万、何百万とヒットするコンテンツの中から、自分にとって有益な情報を抽出し、判断することは容易でなく、実際は一朝一夕にできることではありません。
もちろん個人経営の専門店も、商売が成立しなければ出店することはできません。専門店のポリシーを理解し、考えを共有できる市民の方が一定数いることが前提になるでしょう。
ポートランドは、市民の生活にたいする価値観、専門店の成り立ち、専門店の出店インセンティブがとてもうまく循環しているように見えました。商売する側とお客様の価値の共有。どちらがなくても成立しないのです。
日本の地方消費型、大型ショッピングモールでほとんどを済ませてしまう生活手法の一番のデメリットの本質は、上述した均質化されたくらしそのものにあるのではなく、それはあくまで結果であり、自分にとって本当に必要なもの、より優れた品質のものを選ぶ「思考」を「いつの間にか、気づかないうちに」やめてしまうことにこそあります。
極論すれば、より豊かにくらすこと、豊かさの本質に迫ることに対して「思考停止」になってしまう危険性をはらんでいるのです。
もしもあなたが目の前にある商品やサービスを、見かけ上の単純な「価格」や「量」だけで価値を判断しているとすれば、豊かさの本質からは離れてしまうかもしれません。
どんなものを指向(嗜好)するにせよ、価値を量るとき、中身の品質、パフォーマンスの高低の考慮を外すことができないからです。
あらゆるものに当てはまると思いますが、「思考停止」だけは何としても避けなければなりません。
お腹が満たされることさえできれば、本質的な中身は「何でもいい」というのでは、あまりにさびしい。
多様性の魅力に気づき、その多様性を楽しむ過程に豊かさを感じるヒントがあるのに、入り口にすら、選択肢がなくなってきているとすれば、それはとてもさびしいことですね。
翻って、豊かなライフスタイルを実現しているポートランドの市民はお金持ちなのでしょうか。
豊かなくらしには、資金力が必要条件なのでしょうか。
ポートランドの人口は約57万人、平均世帯年収は約40,000ドル(400万円強)、1就業者あたりの平均年収は男性約35,000ドル、女性29,000ドルです。
IT企業だけに特化すると1000万円を超えるとも言われていますが、ポートランド市民の平均年収が全米平均と比較しても特別に高いという事実はありません。むしろ、アメリカの平均の中くらいから、中の下くらいだと思われます。
ウィラメット川を渡り、ダウンタウンの反対側の住宅街も自転車でずいぶん走りましたが、豪邸ばかりが立ち並んでいるということはありませんでした。
「高級でなくても、豊かなくらし」は実現できるのです。
お金による豊かさを目指さないなら、考えに考え、知恵を出しまくるしか方法はありません。
アメリカと同じことを日本で全てできるとは限りませんが、日本流にアレンジすればきっと同等以上のことができるでしょう。
覚悟を決め、前例のないリスクを冒し、手足を動かす必要はありますね。
リスクと言っても、戦場に赴くようなものとは意味が異なります。得られるものの大きさからすれば大したものではありません。
覚悟を決め、本気で取り組む人々が増えれば、おのずと成果は出るでしょう。
人生皆に平等、一回きり。どうせなら、楽しく過ごしたい。
限られた収入、時間の中、ドバイやモナコの大富豪がしているような豊かさではなく、庶民でも豊かなくらしを送ることができると証明しているのがポートランド市の政策であり、そこで生活をしている人々の暮らしにあります。
ポートランドでさえ、かつてスタンプタウンと言われ、荒れ果てた大地の開墾から始まったことを噛みしめたいと思います。
不思議な事に、これまでご紹介してきたお店の多くは町の一等地にあるというわけでなく、もともとは殺伐とした倉庫街など暗くて、治安の悪かった地域にあるお店が多いのも特徴です。
弊店にできることはとても限られていますが、一つ言えることは、スペシャルティコーヒーに対するパッションをベースに、これまでと変わることなくわざを磨き、みなさんの選択肢の一つであり続けていくことだと感じました。
一度行った程度で、ポートランドのくらしの真髄を理解したとはとうてい言えません。機を見て必ずまた訪れたいと思います。
まだ暗い中、前日ホテルのフロントで予約をしたタクシーに乗り込みました。
ポートランド国際空港で、老舗のクラフトビール ROUGUE で早朝から一杯飲ませていただき、飛行機に乗り込みました。